イノベーションを起こしていても破壊される

イノベーションのジレンマとは、改善を重ねる優良企業であっても、新しい革新的な技術を軽視してしまい、その地位を失う危険があることを指しています。ジレンマと呼ばれるのは、既存事業の経営者にとって、自社技術の延長線上にない新しい技術は非常に困難な意思決定をもたらすからです。
既存事業を持つ大企業は、新しい技術は未熟なものとして映ります。さらに、既存事業と比較すると小さな市場にも見えますし、自社の大きな変革を必要とする技術であると評価する傾向にあります。そのため、新たな特色を持つ商品を売り出し始めたスタートアップなどを脅威だと感じないままに、市場が大きく変化するタイミングに乗り遅れてしまうのです。高い演算能力を持っていたメインフレームコンピューターを持つコンピューターメーカーが、パソコンへの移り変わりを逃し、デジカメやスマートフォンへの対応が手遅れになったフィルムカメラメーカーは好例です。

これまで「製品」と書きましたが、サービスにおいても当てはまります。例えば、低価格の床屋として始まったQBハウス。従来の床屋が、「より高いサービス」を提供していたところ、「最低限のサービス」を短時間・低価格で提供することで新しい顧客層を発掘しました。それまではめんどくさいから、高いから、という理由であまり床屋に行かなかった顧客層が高頻度で訪れるような場所を提供したのです。LCCも従来の航空会社を頻繁に利用できなかった顧客層にとって、手軽に旅行できるようになった破壊的イノベーションです。広義の「製品」や「技術」が必ずしも高度化しなくても、大きな市場を獲得できるのが破壊的イノベーションの特徴です。そして、その破壊的イノベーションの機会を逃し、市場を奪われるのが「イノベーションのジレンマ」です。

既存事業が成功していただけに、新しい技術への対応が遅れてしまったという意味で「ジレンマ」と呼ばれ、クレイトン・クリステンセン氏によってはじめて名付けられました。対応が遅れた既存企業は決して研究開発が遅れていたわけではなく、既存製品の改良という「持続的イノベーション」にばかり取り組んでいたのです。『イノベーションのジレンマ』が発表されるまで、新興企業による下克上の業界再編は時代とともに起きる現象であり、原因や対処法はありませんでした。

破壊的イノベーションと持続的イノベーション

破壊的イノベーションを理解するには、持続的イノベーションとの対比を理解するのが良いでしょう。持続的イノベーションでは、既存のビジネスモデル内で、製品の性能を高めるような改善的なイノベーションが行われます。例えば、携帯通信網であれば4Gから5Gといった速度の向上、電気自動車であれば航続距離の延長などです。これらのイノベーションの特徴として、「既存顧客を対象にしている」「今の不満点を解消」「価値観は変わらない」といったことが挙げられます。
一方の破壊的イノベーションでは、「潜在的な顧客を対象にしている」「新たな用途や解決策を提示」「従来とは異なる価値を提案」するという特徴があります。

持続的イノベーション破壊的イノベーション
対象市場既存市場、既存顧客既存製品が高価であったりアクセスできない顧客
製品の性能以前より向上向上されていない、もしくは劣化
価格以前より高価もしくは同等劇的に安い(ローエンド破壊)

破壊的イノベーションが起きる条件

破壊的イノベーションが起きるためには一定の条件があります。それは、既存顧客が既存の製品やサービスに満足したときです。
一度満足した顧客は、次の改良品には興味を持ちません。性能の向上よりも、同等の性能で低価格だったり、求め易かったりすることの方が大切だからです。

持続的イノベーションによる技術進化そのものが、破壊的イノベーションの原因となるのは逆説で意外に感じるかもしれません。だからこそ、「イノベーションのジレンマ」と呼ばれているのです。

テレビの画質が多くの人にとって十分綺麗になってきたときに、中国製の廉価型テレビを買い求める人が増えたのも破壊的イノベーションで説明することができます。

ジレンマの源泉

クレイトン・クリステンセン氏はイノベーションのジレンマが生じる理由を5つ挙げています。

原則1:企業は顧客と投資家に資源を依存している
要するに、お金を出してくれる人に企業の戦略は影響されるということです。なので、実績のある既存事業に偏ってしまうのは当たり前と言えます。お客さんや株主を無視するのは非常に困難です。

原則2:小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない
まだ可能性も小さく、成長過程にある市場を大企業は軽視します。10億円の市場は中小企業にとっては魅力的に映るかもしれませんが、大企業にとってみれば追求するような市場ではありません。

原則3:存在しない市場は分析できない
過去のことしか分析対象になりません。つまり未来の市場は分析できないので、顕在化している市場への投資が優先されます。

原則4:組織の能力は無能力の決定的要因になる
大きな
組織ほど既存ビジネスに対して最適化されています。異なる事業をはじめようにも、大きな変化が必要になってしまい、新しいことに取り組みにくい体質になります。

原則5:技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない
製品の性能を高めたり、新しい技術開発ができるからといって、顧客がそれを求めるとは限りません。過剰品質や過剰性能だと顧客が感じれば、破壊的イノベーションを受け入れるかもしれません。

イノベーションのジレンマに対して大企業は無力なのか

『イノベーションのジレンマ』執筆後、クリステンセン氏は『イノベーションへの解』に大企業にとっての対処法を記しました。また、日本の半導体メーカーに破壊的イノベーションで窮地に立ったインテルをクリステンセンは救いました。決して楽な戦略ではありませんが、いくつかのポイントが挙げられるでしょう。現在ではイノベーションマネジメントと呼ばれているポイントを一部ご紹介しましょう。

  • 破壊的イノベーションには当期利益に連動しない一定額の投資予算を無条件に配分する
  • 既存事業とは異なる組織・環境で破壊的イノベーションに取り組む
  • 「売上」「市場規模」といった既存事業と同じ指標で評価しない
  • 破壊的技術が一定の市場を獲得するような試行錯誤を容認する
  • ジョブ理論」を活用し、顧客のジョブに対する過剰性能や過剰品質に注意する
  • ビジネスモデルの変革は社内の価値観の変革と心得える
  • イノベーションのDNAモデルなどを踏まえた社内人材育成や社外人材を活用する