【事例紹介】 株式会社MENOU
新規事業が企業の枠に収まらなくなったとき~大企業スピンアウトが生み出したディープテック・スタートアップ~

スピンアウト・スピンオフ・カーブアウトという言葉は、近年では一般的になりつつあります。いずれも事業を継続・成長させるための一つの選択肢です。では、なぜ誰もが知る大企業の中で生まれた技術や事業が、あえて独立という形を選び、スタートアップとして世の中に出ていくのでしょうか。
ニコンのスピンアウト「MENOU(メノウ)」は、まだそれが一般的ではなかった時期に、その選択肢を現実のものとして選んだ外観検査AIのディープテックスタートアップです。どのような意思決定のもとで独立に至ったのか。そして、その過程にはどのような葛藤や必然があったのか。大企業という安定した環境の中で育った技術は、なぜ外に出る必要があったのか。環境が変わることで何が変わり、何が変わらなかったのか。
今回は、スピンアウトという選択を経てMENOUを立ち上げた代表取締役CEO 西本励照氏、取締役COO 根井正洋氏、そしてINDEE Japan代表取締役でありMENOU取締役の津田真吾氏に話を伺いました。


西本 励照
株式会社MENOU
代表取締役 CEO

根井 正洋
株式会社MENOU
取締役COO

津田 真吾
INDEE Japan
代表取締役 テクニカルディレクター
兼 株式会社MENOU 取締役
●株式会社MENOU 企業HP:https://menou.co.jp/
AIを使い倒していたのは誰?
――西本さんと根井さんのお二人はどのように出会ったのですか?

最初はまったく接点がなかったんですよ。私は当時、経営戦略本部で新規ビジネスを担当していました。その中で、あるプリント基板メーカーの検査現場を見学する機会があったんです。
検査員の方が基板を検査している横で同じ基板を見せてもらったのですが、私には違いがまったく分からず「なんて難しい検査だろう」と衝撃を受けました。その会社はプリント基板の検査に大きな課題を抱えていて、もともと「AIで何かできないか」という相談を受けており、現場を実際に見てみると、確かにこれはAIが力を発揮できる領域かもしれない、と感じたのを覚えています。

ちょうどその頃、私は検査装置を開発するプロジェクトにエンジニアとして参加していました。開発を進める中でディープラーニングという技術が出てきて、当初はレンタル版を使っていたんです。その後、社内で同じソフトを購入したと聞いて使い始めました。もともと私は検査装置向けの画像処理プログラムを自分で書いていましたが、そのディープラーニングソフトを使うと、それまで自分が書いていたプログラムの多くが不要になってしまったんです。一年半ほどかけて勉強し、習得した画像処理の知識やノウハウが、ある意味で一気に自動化されてしまった。「これはもう、こっちを使うしかないな」と思いましたね。それからかなり使い込むようになりました。

社内で「ディープラーニングのソフトをとんでもなく使いこなしているヘビーユーザーがいるらしい」という噂が聞こえてきたんです。何に使っているのか気になって、直接会い行きました。それが西本さんとの最初の接点です。

当時は「本部から人が来るらしいぞ」と周りがざわついていました。私は入社してからずっと、どちらかというと尖っていたタイプで、同じことをやり続けるのが苦手でしたし、メカ系の部署に所属しながら勝手にソフトウェアを作ったりもしていました。部長室に直談判しに行くこともありましたし…(笑)
だから「何かまずいことをしたかな」と思いましたね。

最初は純粋に、「どんな人なんだろう」と興味があって会いに行ったんですが…(笑)その後は意図していたわけではありませんが、結果的には彼を巻き込むことになりましたね。

それから、根井さんが私の活躍できる場所を社内につくってくださって、所属部署は変わりながらも外観検査のプロジェクトに関わり続けていました。そしてプロジェクトを進める中で、「ニコン社内で社内起業家支援プロジェクトを立ち上げる」という話が入ってきたんです。私たちも応募することになりました。その起業家支援プロジェクトで優勝し、予算と組織を与えていただいて、本格的に開発を進めていくことになりました。

――社内起業家支援プロジェクトによって、活動はどのように変わったのでしょうか。

支援プロジェクトがなくとも、この新規事業は進んでいました。社内のつながりを活用しながら、いろいろな部門から声をかけてもらって、実際にお客さまのところにも足を運んでいました。大手住宅メーカーや自動車部品メーカー、電線・電子材料メーカーなど、さまざまな業界の企業を訪問していましたね。正式な予算や制度が整う前でしたが、「まずはやってみよう」と 動き始めていました。

何か大きく変わったというより、「どこに所属するか」が決まっただけだったと思います。やっていること自体は、ずっと変わっていませんでした。ただ、会社員なので、どこかの部門に所属する必要があります。根井さんがいろいろと動いてくださって、その都度所属先や上司を調整してくれたみたいです。
いくつか部署も変わりながら、活動をしばらく続けました。やはり会社の中で働く以上、必ず組織があって上司がいます。そして上司は部下の成果を見なければなりません。でも、私たちが取り組んでいたような新規事業や技術開発は、短期的な成果が見えにくいんです。だからこそ、細かく管理するというより、「まずはやってみなさい」と任せてくれる上司の存在が大きかったですね。
――新規事業は個人の力だけで進められるものではない。アイデアや技術はもちろん、それを支え、自由に挑戦できる環境づくりも大きなポイントだったのですね。

大きな組織の中で新しいことをやろうとすると、どうしても既存の枠組みに当てはめられてしまいますが、新規事業はその枠に収まりきらない部分も多いので、その都度どう乗り越えるかは大変でしたね。
とはいえ、当時の私はまだ20代前半で、組織のことを深く意識していたわけではありませんでした。むしろ、「やりたいことをやらせてもらっている」という感覚が強かったと思います。ただ、新規事業を進める中で関わった社内関係者や有識者には、新規事業に理解を示してくれる方もいれば、厳しい意見を持つ方もいて、組織の中で事業を進める難しさを学ぶ機会にもなりました。
それでも、取り組んでいること自体は今も当時も変わっていません。お客さまに向き合いながら、どうすれば外観検査の課題を解決できるのかを考え、ひたすらプロダクトを磨き続けていました。

いまの名言ですね。どこにいても、まっすぐに課題に向き合うのは。

今でこそ組織をつくる側の立場になったので分かりますが、よく考えると大企業の中で新しいことをやるのは、構造的にかなり難しいと思います。
社長直下のような特別な組織に置き続けるわけにもいきませんし、どこかの部門に所属すれば、どうしても既存事業と同じ評価基準や進め方が求められます。しかし、新規事業は不確実性が高く、既存事業と同じようには進みません。
――だからこそスピンアウトという選択肢が必要だった?

当時はそこまで考えていませんでした。事業そのものがうまくいかないと思ったことはなかったですし、このままニコンの中で事業を続けていくものだと思っていました。そもそも私には「スピンアウト」という選択肢自体の概念がなかったんです。初めてその選択肢を知ったときは、「何を言っているんだろう」と思いました。私は高専卒なのですが、「大手企業に入ることが安定で、それ以外はリスクだ」と教えられてきました。だから当時は、スピンアウトのメリットよりもリスクの方ばかりが頭に浮かんでいました。正直、プラスのイメージはほとんど持てなかったですね。
一方で、事業を続けていく中で、市場の変化のスピードを強く感じるようになりました。ニコンの中でも事業は前へ進められていましたが、このままでは市場のスピードについていけなくなるかもしれない・・・。そのリスクの方が大きいのではないかと思うようになったんです。結果的には、「スピンアウトするリスク」と「市場から取り残されるリスク」を比べた時に、後者の方が大きいと判断しました。それが創業を決断した理由でした。
――事業の成長、市場の変化、そして組織が抱える構造的な課題。さまざまな環境が重なり、事業を切り出すという選択肢が現実のものとして浮かび上がっていきました。

企業が新規事業や特定事業を外部へ切り出す方法には、いくつかのパターンがあります。
■ スピンアウト
事業や技術を担う人材が企業から独立し、新会社を設立する手法です。親会社は出資せず、経営の主体は完全に新会社側に移ります。創業メンバーの意思決定の自由度が高く、スタートアップとして成長を目指します。
■ スピンオフ
親会社がプロジェクトを分離して新会社を設立し、一部資本関係を維持します。新会社は親会社との資本関係を維持し、グループ会社として事業を展開します。事業の独立性を高めながらも、親会社との連携を継続できる点が特徴です。
■ カーブアウト
親会社がすでに事業化した一事業を切り出して子会社化し、外部投資家の資本を受け入れる手法です。親会社の資産や顧客基盤を活用しながら、外部資本や経営ノウハウを取り入れて成長を目指します。
事業を後押しした複数のタイミング。スピンアウトという選択肢。

事業を切り出す提案をした時、会社からは「やってみたらいい」という前向きな反応をいただきました。ただ、当時の私たちは、ニコンとの関係を維持しながら事業を独立させるような形をイメージしていたんです。ところが実際には、自分たちで会社を立ち上げ、経営していくことを真剣に考えなければならなくなりました。

そこからは、どうやって資金を集めるかを考えなければなりませんでした。まだニコンに在籍しながら、エンジェル投資家の方々にお会いして回るようになったんです。
今振り返ると、本当にいろいろなタイミングが重なったからこそスピンアウトできたのだと思います。事業を応援してくれる人がいて、資金面でも支援してくださる方が現れた。そして技術的にも、ディープラーニングの可能性が大きく広がろうとしている時期でした。そうした中で、「この事業はもっと大きく伸ばせる」という確信が強くなっていったんです。エンジェル投資家の皆さんの存在は本当に大きかったですし、今でも感謝しています。当時の私は会社経営の実績があったわけでもありません。それでも出資してくださった。今振り返っても、「よく出資してくれたな」と思います。逆の立場だったら、私は出せないと思います(笑)
――出口戦略やスピンアウト・スピンオフといった選択肢は、最初から狙って進める企業が多いのでしょうか。

そうとも限りません。そもそも、そのような選択肢を知らない方にとっては、「そういう方法もあるんだ」と知って初めて検討の対象になります。ただ最近は、スピンアウトやスピンオフといった事例を耳にする機会も増えてきました。そのため、以前に比べると早い段階から選択肢の一つとして認識している企業も増えていると思います。
実際には、新規事業が社内で成長しきれなかったり、既存事業との間で位置づけが難しくなったりした時に検討されるケースも少なくありません。そこには、「これ以上は社内で抱えきれない」という現実的な判断もあれば、長年事業を育ててきた担当者の挑戦を応援したいという思いもあります。そうした意味で、スピンアウトやスピンオフは、企業にとっても事業にとっても有力な選択肢の一つになりつつあると感じています。

大企業とスタートアップ、それぞれの良さ
――大企業という大きな組織から少人数の会社になり、変わったことはありましたか。

仕事の進め方そのものはあまり変わっていません。振り返ってみると、ニコン時代から本当に周囲の方々に恵まれていました。自由に挑戦させてもらいながらも、いざという時には守ってくれる上司や先輩が常にいたんです。
入社して最初の部署では、プログラミングをやりたいと言えば挑戦させてもらえましたし、何か成果を出せば次の機会も与えてもらえました。成長できる環境をつくってもらっていたと思います。その後、組織が変わった時には根井さんが支えてくれましたし、さらにその先では別の組織や上司が支えてくれました。振り返ると、ずっと誰かに守られながら挑戦してきたんですよね。
だから、大企業からスタートアップになったからといって、急に何かが変わったという感覚はあまりありません。目の前のお客さまの課題に向き合い、解決策を考えるという意味では、ずっと同じことを続けている感覚です。
――スピンアウトによって、意思決定のスピードは変わりましたか。

変わったのかな……。僕自身は、あまり変わっていないのかもしれないですね。

もともと西本さんは行動が早いんですよ。何か新しいことをやりたいと思ったら、その時点で動き始めてしまうタイプなので。だから、本人の動き方という意味では、スピンアウト前も後もあまり変わっていないと思います。

西本さんの場合は、もともと大企業の文化に染まりきっていなかったんですよね。
一般的には、ある程度大企業で経験を積んでからスピンアウトすると、それまでの仕事の進め方や意思決定の癖に苦労することがあります。例えば、「こういうプロダクトを作ろう」と意思決定することと、実際にその通りのものができることは別の話です。スタートアップでは、自分で決めて、自分で実行し、うまくいかなければ修正する。その繰り返しの中で事業をつくっていきます。
ところが大企業では、意思決定そのものがゴールになりやすい側面もあります。決めたから実現するのではなく、決めた後に試行錯誤を重ねて初めて形になっていく。その感覚を身につけるまでに時間がかかる方も少なくありません。
――大企業から事業を切り出す人にとっては、意思決定の速さそのものよりも、決めた後に修正を重ねながら前に進める力が重要なのですね。

大企業の意思決定プロセスそのものが悪いわけではないんです。大きな組織や多額の投資を動かすためには必要な仕組みであることもあります。
例えば、100人規模の組織を動かしたり、数億円単位の投資を行ったりする場合は、多くの人が納得し、協力しながら進めなければなりません。そうした場面では、大企業の意思決定プロセスは非常に合理的です。ただ、新規事業の立ち上げ段階では、まだそこまで大きなリソースはありません。むしろ、小さく試しながら方向修正を繰り返すことの方が重要です。

私はもともと、あまり大企業的な働き方をしてこなかったと思います(笑)どちらかというと、周囲があまりやらないことに挑戦し続けてきましたし、振り返ってみると社内でずっとベンチャーのような活動をしていた感覚があります。
――独立やスピンアウトをする方は、もともと大企業的な働き方をしている人は少ないのでしょうか。

そうだと思いますね。もちろん優劣の話ではないのですが、世の中には「敷かれたレールの上を速く走ることが好きな人」と、「自分でレールを敷くことが好きな人」がいると思うんです。
大企業では、既存事業を成長させたり、大きな組織を動かしたりするために前者の力がとても重要です。一方で、新規事業やスピンアウトに向いているのは、どちらかというと後者のタイプですね。日本の大企業にも必ず一定数いて、どの会社にも存在すると思います。
――大企業で培われる力と、新規事業を立ち上げるために必要な力は、必ずしも同じではないということですね。

津田さんから、「外れ値のように見える人が、新しい価値を生み出すこともある」という話を聞いた時に、「無理に染まる必要はないんだ」と思えたんです。もちろん、それまでは「こういう動き方は良くなかったのかな」と考えることもありましたし、組織に合わせようとしたこともあります。
そのため「組織に合わせることだけが正解ではない」ということに気づけたのは大きかったです。自分に合う環境や世界を、自分でつくるという選択肢もあるんだと。もし他に選択肢がなければ、周囲に合わせる方向に進んでいたかもしれません。人と違う行動を続けるのは、思っている以上にエネルギーが必要ですから。
――スピンアウト後、MENOUになってから気づいたことはありますか?

気づいたことというより、起業してからより一層大切にするようになったことがあります。
それは、応援してくれる人への感謝です。
だからこそ、誰と一緒に事業を成長させていくのかは、とても重要だと感じています。

――INDEE Japanの津田さんはお二人にとってどんな存在・役割だったのですか?

今もそうですが、津田さんは常に、「その場にいる人たちが持っていない選択肢を提示してくれる人」というイメージがあります。ただ、「こちらが正解ですよ」と答えを示すわけではありません。その選択肢のメリットとデメリットの両方を提示した上で、「さて、どうする?」と意思決定をこちらに委ねてくれる。振り返ると、ずっとそういう関わり方をしてくださっていますね。
津田さんと話していると結構疲れるんですよ(笑)常に考えさせられるので。でも、それがすごく良いトレーニングになっています。自分で考え、自分で決める力を鍛えてもらっている感覚がありますね。

津田さんには、ニコン時代の別のプロジェクトでも助けてもらったことがあるんです。新しいことに挑戦すると、どうしても「それは無理だ」「ここが駄目だ」と指摘する人はたくさんいます。でも津田さんはそうではなくて、「どうしたらもっと上手くいくか」「何か見落としている視点はないか」という形で後ろから背中を押してくれるんです。こういう人は本当に少ないと思いますね。
異質性が生んだチームの強さ

私たちのチーム自体は少し特殊だと思うんです。年齢も違うし、キャリアも違うし、考え方も違う。だからこそ今のMENOUがあるのだと思っています。
もし同じ会社の中で、似たような経歴や価値観を持つ人たちだけで集まって、「うまくいかないからスピンアウトしよう」となったとしても、私はなかなか上手くいかないと思います。これはスピンアウトを目指す人たちにぜひ伝えたいことですが、同質な人材だけでは新しい価値は生まれにくい。たとえ優秀な人たちの集まりだったとしても、です。
その点、MENOUには社内外を問わず異なる視点を持つ人たちが集まっています。津田さんも最初は外部の立場でしたが、今ではチームの一員です。一般的なコンサルティング契約のような関係性だけでは、ここまでのチームにはならなかったと思いますね。
――最後に、MENOUの今後の展望について教えてください。

創業当初から変わらない目標があります。それは、「メイド・イン・ジャパン」が再び世界で評価される状態を実現することです。
国内のあらゆる製造業でMENOUの技術が活用されれば、製造現場の品質向上に貢献できる。ひいては、日本のものづくり全体の競争力向上にもつながると考えています。それが、MENOUの目指している姿です。
私たちのプロダクトは、専門的なプログラミング知識がなくてもAIを活用できるノーコードツールです。現場の方々が自らAIを使いこなし、課題解決に取り組める環境を広げていきたいと考えています。
――「メイド・イン・ジャパン」をもう一度世界へ。その実現に向けた皆さまの挑戦を、これからも応援しています。本日はありがとうございました!
≪編集後記≫

当初は、大企業からスタートアップへ移れば、仕事の進め方や意思決定のスピードなど、多くのことが大きく変わるのだろうと思っていました。しかし、インタビューで返ってきた言葉は意外なものでした。
「変わったことはない」
今も昔も、目の前のお客さまに向き合い、どうすれば課題を解決できるかを考え続ける。その姿勢は、大企業にいた頃も、スピンアウト後も変わっていませんでした。スピンアウトしたから急に意思決定が速くなったわけでもない。むしろ印象的だったのは、環境が変わったことで本人たちが変わったのではなく、もともと持っていた挑戦する姿勢を発揮しやすくなったということでした。
一方で、事業の成長とともに社内の応援者が増えていったという話も印象に残っています。しかし、大企業には組織として守るべきルールや責任があります。事業の可能性を信じ、応援したいと思う人がいても、立場上、全面的に後押しすることは簡単ではありません。事業を推進する側だけでなく、応援する側もまた、もどかしさや葛藤を抱えていた。その話からは、大企業の新規事業ならではの難しさが伝わってきました。
大企業の中で挑戦を支えてくれた人たちがいて、その延長線上に今のMENOUがある。そんな多くの人の支援と意思決定の積み重ねが、現在の姿につながっているのだと感じました。
この記事が、自分たちに合った進め方や、ありたい姿を考える一つのヒントになれば嬉しいです(^^)
製造業をはじめとするさまざまな業界向けの外観検査AIソリューションを提供するディープテック・スタートアップ。画像認識AIを誰でも活用できるノーコードプラットフォームを開発し、製造現場の検査・検品・点検業務の効率化を支援している。2019年にニコンからスピンアウトして設立。

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