【事例紹介】 株式会社iFactory

後編:大企業連合体が本気で「技術を事業化」するには
――「ありたい姿」が現実になるまでの軌跡|オープンイノベーション×ディープテックの本質


前編では、齊藤氏が「ありたい姿」を起点に仲間を集め、大企業の壁を突破していくお話を描きました。しかし、どれほど研究・技術であっても、プロジェクトが終われば「いい経験だった」として終わり、事業やプロダクトとして世に出ることなく埋もれてしまうケースは少なくありません。“出口”として、齊藤氏が選んだのは、既存の枠にとどまらず、会社を創る「スタートアップ化」という選択肢でした。

後編では、INDEE Japanの津嶋氏との出会い、「会社を創る」という意思決定、そしてiFactoryのメンバーがどのようにチームとしての強さを築いていったのかに迫ります。大企業発の挑戦が、ひとつの株式会社として立ち上がるまでのストーリーを紐解きます。

齊藤 隆夫 氏

株式会社iFactory 
代表取締役 CEO

企業HP:https://ifactory.tokyo/

津嶋 辰郎 氏

INDEE Japan 
代表取締役 マネージングディレクター

株式会社iFactory 取締役 CFO

51人のリストから選ばれた「鳥人間」

――プロジェクトの行方を大きく左右する“出会い”があった

齊藤

NEDOから「事業カタライザー」という出口戦略を導いてくれる人を紹介するという話があって、51人のリストをもらったんです。そこで、メンバー3人で「せーの」で指を差したら——全員が同じ人を指したんですよ。INDEE Japanの津嶋さんでした。

――まさかの“全員一致⁉”

齊藤

そうなんです。理由はシンプルで、「この人、何か違うな」と。オーラが違ったんですよ(笑)他の方は大企業の役員OBが多かったんですが、彼は鳥人間コンテストで2度優勝していて、レーシングカー開発企業「童夢」のエンジニア出身。経歴からして、まったく違っていました。

実際に会ってみると、「コンサルタント3.0」といった言葉が出てきて、正直、最初は少し戸惑いました(笑)それまでのコンサルタントのイメージって、立派な資料を出して、「ここがダメですね」と指摘して終わるような存在だったんです。でも彼は、「一緒にやる」「並走する」と言う。

そのスタンスが、これまでのイメージとまったく違っていて、「これは面白いな」と思いましたね。

――一方で、津嶋さんはどう見ていたのでしょうか

津嶋

最初、齊藤さんにお会いしたとき、「これは面白そうなプロジェクトだな」と感じました。ただ、その時点ではまだ確信までは持てていなくて、やっぱりチーム全体を見ないと分からない。2回目に、各社のメンバーが集まった場で確信に変わりました。バックグラウンドはバラバラなんですが、全員の思いが強くて、言っていることも鋭い。しかも、それぞれが会社の中核を担う人材だった。

「このチームなら、本当にできるかもしれない」——そう思いました。

「技術研究組合」ではなく、「株式会社」という選択肢

――津嶋さんは、合流早々に「株式会社化」を提案されたそうですね

津嶋

技術研究組合という形での成功事例は、正直ほとんどないんです。大企業の連合体だと、「プロジェクト期間中は事業化を決めない」という状態に陥りがちで、意思決定が先送りされる。言い方を変えると、“やらない理由を温存できる器”にもなってしまうんですよね。日本企業は、一度決めれば強い。でも、決めるまでに時間がかかる。

だからこそ、本気で事業化するなら、最初から「やる前提の箱」をつくる必要がある。そのために、「会社をつくりましょう」と提案しました。

齊藤

正直、「株式会社をつくる」と言われたときは、何を言っているんだろうと思いました(笑)しかも、「齊藤さんが過半数株主になってください」と。いやいや、そんなことできるのか?と。
一応、法務にも確認しましたよ。

――『これ、会社つくれるんですか?』
――『問題ないですよ』
――・・・え、本当にできるんだ

それまで聞いていたのは、「技術研究組合をつくるのが一般的です」という話でした。だから、プロジェクトが終わるタイミングで事業の出口を考える、そんなイメージだったんです。でも、この提案は真逆でした。

もし、あのとき会社をつくっていなかったら・・・・・
たぶん、この事業は途中で終わっていたと思います。プロジェクトが終わった瞬間に、「あとは誰かやってください」となっていたはずです。でも実際は、「この会社でやる」と決まっていた。それだけで、全然違いました。

齊藤

さらに衝撃だったのは、“自分が社長として会社をつくれる”という事実でした。「社長を辞めるのか?」とも周りから言われましたが、会社には残れるし、給料も出る。
――そんな選択肢があるのか、と。

大企業の中にいると、「会社をつくる」という発想自体が現実的に感じられない。でも実際には、制度的にも可能で、やろうと思えばできる。これは、自分の中ではかなり大きな発見でした。さらに、会社という“箱”をつくったことで、自分の本気度が、言葉ではなく“構造”として示されました。
 
最初は、正直よく分かっていなかったと思います。
でも、あとから振り返ると、あの“わからないまま進んだ判断”がなければ、今はなかった。

津嶋

すべて理解してからやろうとしたら、会社なんてつくれないんですよ。
ある意味、そこは“あえて”でしたね。

――この瞬間、このプロジェクトは「研究」ではなく、「事業」になりました――

ちょこっと、ここだけの話

齊藤:立ち上げ直後、メンバーの一人が人事異動で外されそうになったことがありました。でも彼は迷わず、「iFactoryをやりたい」と言って会社を離れる決断をしたんです。 会社ではなく、「やりたいこと」を基準に意思決定をしていました。このプロジェクトに関わっていたメンバーは、会社ありきではなく、目標ありきで動いていたと思います。

もう一つ大きかったのは、「場」の存在です。NEDOのプロジェクトは、各社の中ではなく、外で進めていました。誰が来ているのか、何をやっているのか、会社から細かく干渉されることもない。完全にフラットで、自由な環境だったんです。

特に印象的だったのが、産業技術総合研究所の存在です。R&Dの議論をすることが当たり前の場所で、会社とはまったく異なる文脈で議論ができる。普段の会議では、途中で呼び出しが入ったり、日常業務に引き戻されたりして、なかなか集中しきれないことも多いですよね。

でも、場所が変わるだけで、人はここまで自由に考えられる。
会社という枠組みから一度離れることの意味を、強く実感しました。

衝突しないのではなく、“ズレを解消し続ける”

――大企業の連携で、衝突はなかったのでしょうか?

齊藤

前の記事でも話しましたが、ほとんどなかったですね。もちろん細かいところ、たとえば設計の話になれば、「いや、そうじゃないだろ」といった議論はありました。でも、大枠でぶつかることはありませんでした。

――大事なポイントは、事前の認識合わせにあった

齊藤

そうだと思います。むしろ大変だったのは、それぞれが自分の会社とどう調整するかでした。普通の中期経営計画よりも長い、25年後の話をしているので、そこを社内で理解してもらうのは、簡単ではなかったと思います。

――津嶋さんはどのようにメンバーと接していましたか?

津嶋

僕の役割は、「言語化されていないこと」を引き出すことだったと思っています。皆さん、それぞれに思っていることはある。でも、リーダーには直接言いにくいことや、社内の事情で抱えている課題もある。そういったものを、中立的な立場で拾い上げて、場に出していく。言いたいことを言っていい、そういう状態をつくることが重要でした。いわゆる、“心理的安全性が担保された場”をつくるということですね。

齊藤

プロジェクトが進むと、どうしても視野が狭くなっていくんですよ。「明日何をやるか」という話に引っ張られてしまう。そういうときに、津嶋さんが「将来はここだよ」と、視座を上げてくれる。それが、すごく大きかったですね。

津嶋

どうしても目の前の開発に集中すると、「このプロジェクトをどう終わらせるか」という発想になってしまう。でも本来は、その先にある事業が重要なはずです。だからこそ、別の視点から認識を揃え続けることが重要だと考えます。

津嶋

さきほどの齊藤さんの話にもありましたが、それぞれ役割を持つと、どうしても視野が狭くなりがちなんです。だからこそ、あえて抽象度を上げる。

「この事業をどう成立させるのか」「軌道に乗せるには何が必要か」といったレベルで話をすると、不思議と共通認識がつくりやすいんですよ。なぜなら、そのレイヤーは誰か一人の担当ではなく、全員で考えるべき領域だからです。

-スタートアップとは何か、ゼロから事業を立ち上げるとはどういうことか。
-世の中の流れを踏まえると、この取り組みにはどんな可能性があるのか。

そういった話を、繰り返ししていましたね。
一方で、齊藤さんはより具体の側で、プロジェクトを前に進めていく。自然と、そうした役割分担になっていたと思います。

――認識合わせのコミュニケーションは、どのくらいの頻度で行っていたのでしょうか?

齊藤

最低でも毎月ですね。必ず集まっていました。午後から会議をして、そのまま夜まで。飲み会も含めて、セットです。やっぱり、一緒にいる時間が大事なんですよ。何をするか以上に、どれだけ長く同じ時間を過ごすかが重要だと思っています。
 
場所を変えると、人も変わるんですよね。会議では出てこない話が、夜になるとふっと出てくる。日本人特有かもしれませんが、本音は“場が変わったとき”に出てくることが多い。
 
自分はお酒を飲まないので、むしろ全部覚えているんです(笑) 「あのとき、こう言ってましたよね」と。そうすると、だんだんみんなも分かってきて、「どうせ拾われるならここで言っておこう」と、あえて話してくれるようになる。それが、ひとつの習慣になっていきましたね。

「異質」であることが、チームを強くする

――偶然に見えて、必然だったチーム

齊藤

「土俵が違うこと」が大きかったと思います。同じ土俵の人同士だと、どうしても真正面からぶつかってしまう。でも、津嶋さんは事業や資金調達、ビジネスの領域で、自分は技術領域。そもそも立っている場所が違うんです。だからこそ、衝突ではなく「翻訳」が起きる。お互いの領域を理解するための“合いの手”として機能していたんだと思います。
 
もしこれが、同じ業界・同じ文脈の人だったら、おそらく正面衝突になっていたはずです。その意味では、この組み合わせは理想的だった。ただ、意図してつくれるものではないとも思います。
 
振り返ると、最初にメンバーを選んだとき、「自分のやり方を押し通す人ではないか」という直感も、どこかで働いていた気がします。そして結果的に選ばれたのが、まったく異なるバックグラウンドを持つ人たちだった。今思えば、あの“偶然”がすべてだったのかもしれません。

津嶋

本当に不思議ですよね。6〜7年やっていますが、大きく揉めた記憶もないですし、空中分解しかけたこともない。やっぱりイノベーションって、設計できないものなんだと思います。計画も、デザインも、完全にはできない。

でも、「誰とやるか」は決定的に重要なんです。

――絶望を「リベンジマッチ」と笑い飛ばす文化

齊藤

もう一つ大事なのは、「曖昧さ」だと思っています。最初から全部をはっきりさせてしまうと、必ずどこかで否定が入る。でも、少し余白を残しておくと、気づいたら道ができていることがある。
 
予定通りにいかなかったことも、その時点では良いか悪いか判断できないんですよね。振り返ってみると、うまくいかなかったことが、結果的に良い方向に繋がっていることも多い。だから、うまくいかなかったときに、誰かのせいにしない。「じゃあ次はどうするか」と考え続けることが大事なんだと思います。
 
もうジンクスのように、“リベンジマッチ”なんですよね。一回目はうまくいかなくて当たり前、くらいの感覚がある。だからこそ、「次がある」「別の機会がある」と自然に思える。そのマインドセットは、チームの中にかなり浸透していると思います。
 
うまくいかなかったからといって、誰かを責めることはない。
それが、結果的に新しい挑戦を続けられる文化になっているのだと思います。
 
明確に決めすぎず、少しぼやけたまま進む。
その中で、少しずつ形になっていく。
 
それくらいの“余白”があったほうが、
結果的には、うまくいくのかもしれませんね。


iFactory

2018 年、INDEE Japanのカンパニークリエーションとしての創出企業で、医薬品/高機能化学品の生産を全自動化する株式会社iFactoryは、2025年10月にシリーズ A ラウンドにおいて、グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社および SBI インベストメント株式会社を Coリード投資家として、総額 10 億円の資金調達を実施しました。同社は今年7月、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) の大型プログラムにも採択されており、2025年度から2029年度にかけて合計50億円の予算を獲得しています。

今回の資金調達を契機に、研究開発段階から量産体制の確立に向けた事業加速フェーズへと本格移行し、市場への展開に向けた取り組みを一層加速させています。

【コラム】人を相手にせず、天を相手にせよ

齊藤さんが大切にする西郷隆盛の「言葉」


上手くいかない日もある。
そんなとき、あの言葉をふと目にすると、「自分はまだまだ小さいな」と思わされるんです。

自然と、反省する気持ちになります。

人を相手にしていると、どうしても難しさがつきまとう。
思うように進まなかったり、感情に引っ張られたりすることもある。

でも、そんなときこそ「天を相手にする」。

目の前の利害や評価ではなく、
もっと大きな基準に照らして、自分の仕事を見つめ直す。

そうやって進んでいけば、
行き着く先は、きっと間違わないと思うんです。


≪編集後記≫

ハシモト

今回の連載は、かなりの長編となりました。正直、入れきれなかったエピソードも数多くあります。それだけ、このプロジェクトには示唆が詰まっていました。

大企業が連盟でイノベーションを起こすために何が重要なのか。そして、スタートアップとして事業を進めるうえでの考え方、その両方にとって、学びの多い内容になっているのではないかと思います。

特に印象的だったのは、「ありたい姿」を何度も語られていたことです。インタビューの冒頭で、2012年当時に描かれた構想を見せていただきました。当時は“絵に描いた構想”だったものが、いままさにiFactoryとして現実に近づいている。その時間の積み重ねと一貫性に、強い説得力を感じました

さらに、安定したキャリアが約束されている中で、チャレンジに踏み出した齊藤さんの姿は、「会社ありきではなく、目標ありき」という言葉をまさに体現しているものでした。

その在り方は、大企業の経営層やリーダーにとっても、学ぶべき点が多くあるのではないでしょうか。

この連載が、新しい一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。