【事例紹介】 株式会社iFactory
前編:25年先のビジョンで大企業を動かす ――「ありたい姿」が現実になるまでの軌跡|オープンイノベーション×ディープテックの本質

複数の大企業が連携し、新たな事業を生み出す・・・。オープンイノベーションの重要性が叫ばれる一方で、その実現は容易ではありません。利害の異なる企業同士が協働し、さらに事業化にまで至るケースは、決して多くないのが現実です。そうした中、2019年に創業したディープテックスタートアップ「iFactory」は、NEDO戦略的省エネルギープロジェクトのリーダー齊藤氏とINDEE Japan津嶋氏の主導のもと、大成建設、横河ソリューションサービス、テックプロジェクトサービス、三菱化工機、住商ファーマインターナショナルといった名だたる大企業の連合体から生まれました。2022年には「第4回日本オープンイノベーション大賞 経済産業大臣賞」を受賞するなど、注目を集めています。
では、なぜこのプロジェクトは、これまでも今も前に進めているのか。
その背景には、「ありたい姿」を描き続け、発信し続けたリーダーの存在と、研究を事業化するために“スタートアップ化”という選択を取った意思決定がありました。本記事では、iFactory誕生までの経緯を、実体験に基づくエピソードとともに前編・後編にわたってお届けします。大企業がイノベーションを起こすためのヒント・本質が詰まった内容です。
今回は、株式会社高砂ケミカル代表取締役社長からスタートアップの社長へと転身した齊藤氏にお話を伺いました。

始まりは「天空の城ラピュタ」のような空想から
――発想の原点は、どこにあるのでしょうか?

映画『天空の城ラピュタ』で、巨大な立方体が命令ひとつで形を変えていくシーンがあるじゃないですか。あれを見たときに、「いつかこういうことをやりたい」と、ずっと頭のどこかに残っていたんです。
それで2012年頃、ちょうど自分が製造側に回ったタイミングで、「機器を閉じ込めたキューブを組み合わせて、いろいろなものをつくれる装置ができないか」と考え始めました。

――まずはビジョンが先にあった、ということですね

そうですね。当時は本当に何もないところからのスタートで、プレゼンも、半分以上が「将来こういう世界を実現したい」という話ばかりでした。正直、周りからは「なんなんこれ?」って思われていたと思います(笑)。それでもめげずに言い続けたんです。
「こういう未来、面白くないですか?」って。
――そこから、少しずつ現実が動き始める

ひとつの転機が、2015年のコンソーシアム設立でした。「FlowSTコンソーシアム※」が立ち上がるときに、私のビジョンを知っていた先生方から「幹事をやらないか」と声をかけていただきました。
ただ、正直に言うと、座学だけの議論にはあまり興味がなくて、「実装を目指す部会ならやります」と条件を出したんです。
それが「連続生産社会実装部会」の始まりですね。

※FlowSTコンソーシアムは、東京大学や産総研等公的研究機関で開発されたフロー精密合成にかかわる技術を、いち早く実生産に結びつけるため、産学官の連携の場を提供、共同研究を推進し、日本の「ものづくり」の新たな力へと発展させることを目的に2015年に設立された。
公式サイト:https://unit.aist.go.jp/ccri/flowst/about-us/index.html
まずは仲間集めからはじまった
――どのように仲間を集めていったのですか?

一社ずつ、ひたすら説得です。全部で40社くらいは回ったと思います。ただ、反応はだいたい同じで「面白いとは思うけど、さすがにできないよね」という感じでしたね。言っていることはわかるし魅力も感じる。でも現実には難しい——そんな意見が大半でした。
それでも中には“新しいもの好き”の方もいて、そういう人は一気に前のめりになってくれるんです。そこから少しずつ輪が広がって、最終的に名だたる大企業8社が賛同してくれました。
当時は、「船の上で薬をつくる」という構想を本気で追っていました。海事専門の弁護士に相談したり、国連のSOLAS条約議事録を調べたり。船会社の常務と二人で国交省からSIPへの起案を打診されたり。
あの頃に描いていた構想へ、いま着実に近づいています。
突きつけられた現実:「誰がお金を出すのか!?」

賛同してくれる仲間はできましたが、次の課題は「お金」でした。まず、「各社1,000万円ずつ出し合って、まず基盤をつくろう」というアイデアが出たんです。ところが、いざ「そうしよう」となった瞬間に——本当に、人がいなくなりましたね(笑)
「それをどうやって会社に説明するんだ」とか、「費用対効果はどうなるんだ」とか。言っていることはもっともなんですが、そもそもまだ形がないので、説明しようがないんですよね。何をゴールにするのかもはっきりしない。海のものとも山のものともつかない状態で「1,000万円出してください」とは言えない。いざとなると、「明日いくら儲かるんだ」という話になる。そういう意味で、VC的な世界の感覚が少しわかった気がしました。
大企業の担当者にとっては、社内を通すハードルがあまりにも高かったんだと思います。
――そんな状況を変えたのが、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)との出会いだったのですね

ちょうどその頃、連続生産について「話を聞かせてほしい」という依頼が多かったんです。学会やセミナーに呼ばれて、年間で50回近く講演していました。まだレギュレーションも整っていない時期だったので、「そもそもどうやるのか?」という関心が高かったんですよね。高砂ではメントールの完全連続生産や欧米製薬企業と共調して新たな連続生産技術の導入に取り組んでいたので、そのテーマで呼ばれることが多かったです。
その中でNEDOの方が、私がずっと言い続けてきた「ありたい姿」に目を留めてくださり、「このテーマでプロジェクトをやりませんか」と、声をかけていただいたんです。
――それが大きな転機に

そうですね。もともと構想していた“船の上で薬をつくる”というアイデアは、コンセプトとしては分かりやすいんです。移動している時間をそのまま生産に変えられるので、エネルギー効率の観点でも面白い。ただ、実際にやろうとすると法律の壁も多くて、いきなり実現するのは難しい。まずは「現実的な陸上から始めよう」、という話になりました。
NEDOのプロジェクトでは、課題だった資金について3分の2を支援してもらえる。そうして、もう一度8社のチームが集まったんです。
「社長承認」大作戦
――公募するにも、その先には各社の「社長承認」という新たな壁があった…

NEDOのプロジェクトは、基本的に社長承認が必要なんですよ。しかも大企業の連合体なので、会社によっては社長のハンコにたどり着くまでに20人以上の承認が必要になる。普通に考えたら、まず無理なスケジュールでした。それを、数カ月でやらないといけない。「もう、ぶっ飛んでいくしかないな」と(笑)
――ご自身の会社も、まだ承認は取れていなかった

そうなんです。
むしろ自分の会社が一番大変なんじゃないかと思っていましたね(笑)
――どうやって突破したのでしょうか?

一度、全員で集まって「説得作戦」を徹底的に練りました。例えば、「まずは設計とプロトタイプに限定する」「3年間の時限プロジェクトにする」といったように、各社が社内で説明しやすいロジックを整理したんです。
さらに、一番コストがかかる部分については、リーダーである私が自社を説得して、高砂ケミカルが引き受ける形にしました。
全員がそれぞれの会社に戻って、個別に社内を説得する。完全に“孤独な戦い”でした。これは「やらされている」人には絶対にできないと思います。「やりたい」という強い意志を持ったメンバーだったからこそ、全員が動けた。
――まさに総力戦ですね

本当にそうですね。ひとつのプロジェクトのために、全員が自分の会社と交渉し続けるわけですから。
正直「よくやり切ったな」と思います。

意思を統一した「合宿」

合宿はもう「意思統一」のための場でした。「絶対にやるんだ」という覚悟を揃えるというか。昼間は会議室で、「25年先をどうするか」という大きなビジョンを持ち寄って、とことん議論しました。そこから、「じゃあ、どうやって実現するのか」をぶつけ合う。夜は夜で、飲みながらコミュニケーションです。私は一滴も飲まないので、翌朝に「昨日、やるって言いましたよね?」と追い打ちをかけるんですけど(笑)
でも、そうやって方向性のすり合わせを徹底したからこそ、信頼関係が生まれた。最終的に、全員が「自社を説得する」というハードルをやり切れたんだと思います。
ひとつ大きかったのは、「最初からでかいことから始める」という判断でした。
普通は実験室レベルから始めて、少しずつスケールを上げていくんですが、そのやり方だと、いわゆる“死の谷”を越えられない。だったら最初から、実装に近いサイズでつくってしまおうと。たとえば、実物のフェラーリが走っているからこそ、そのミニチュアが欲しくなるのと同じです。結果的に、大きい方がむしろやりやすいということも分かりました。小さいと少しのズレで全体が崩れてしまうんですが、大きいとある程度の余白がある。
振り返ると、あの判断は良かったですね。最後は……まあ、神様のお導きかもしれません(笑)
そして、プロジェクトが新たなフェーズに入っていく。(後編に続く)
NEDOが密着したのは、iFactoryの“リアルな現場”。未来を変えるのは、机上ではなく現場の一歩。その核心を映像でご覧ください。
≪編集後記:点と点がつながる瞬間≫

齊藤さんのお話から強く感じたのは、「ありたい姿」を描き続けることの力です。そして、その姿に共鳴する仲間が集まり、やがて大きな動きへとつながっていく——そんな大きな動きを、お話を通じて感じました。
大企業同士の連携というと、利害の衝突や調整の難しさから、どこかで仲間割れが起きるのではないか、そんなイメージを持っていました。しかし今回のお話を通じて、方向性の意識統一がなされていれば、目指す先は自然と揃い、関係性はむしろ強くなるのだと気づかされました。
だからこそ重要なのは、「誰を集めるか」。
任されたから動くのではなく、自らの意思で関わり、動ける人材がいるかどうか。そこがすべての起点になるのだと思います。齊藤さんは、チームが形になる前から、自らの「こうしたい」という思いを起点に動き続けてきました。調べ、考え、発信し続ける。その積み重ねが、やがて共感を呼び、仲間を引き寄せていった。
一つひとつの行動に、無意味なものは何一つない。
点と点がつながる瞬間は、そうした積み重ねの先にあるのだと、あらためて感じました。